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JCICコラム

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セキュリティ・クリアランス制度は「まず隗より始めよ」
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JCIC代表理事 兼 上席研究員 梶浦敏範
2024年5月13日 

 セキュリティ・クリアランス(SC)制度に関する法案が成立した(*1)。民間人を含めた秘密情報の活用・保護に資する制度だが、適格性審査を受けるには負荷もかかり、普及させるためには民間企業・従業員にとっての利点を明示する必要がある。加えて、民間人より大きな可能性で秘密情報に触れる国会議員やその周辺が、対象とされていないことに疑問がある。与野党を問わず国会議員には、この制度を自らにも適用する「まず隗より始めよ」の意識で制度を議論することを求めたい。


SC制度の意義


 すでに「特定秘密保護法」で、公務員の守秘義務は特定の民間人を含め罰則付きで担保されている。しかし、多くの民間人は秘密情報に触れることはできないので情報活用の面で問題があった。これを解消するためにこの法案「重要経済安全保障情報の保護・活用法案」が提案されている。秘密情報の扱いは当該法で規定し、情報漏洩については懲役5年以下の罰則がある。

 機密情報を扱える民間人に、適性評価を行うことになっていて、

・審査は内閣府に専門機関を設置して行う
・資格の有効期間10年間、転職しても維持される
・審査にあたり基本的人権を侵害しない

 ことが定められている。具体的には、犯罪歴・飲酒癖・経済状況・配偶者の国籍等を国が調べるという。審査を受けるかどうかは、あくまで個人の意思に委ねられ、業務上必要と考えた人が、自発的に手を挙げるという建付けだ。


産業界の期待と普及への課題


 私たちサイバーセキュリティ業界にいる者にとっては、政府が持つインテリジェンス情報を、重要インフラを担う企業のCISOらが得られれば、社会リスクを下げられると考えていた。つまりこの法案の「活用」の部分に期待をかけている。

 一方「保護」の部分については、該当する人物が上記の適性評価を受けることと共に、組織として保護措置を確実に履行することが求められる。英国で当該制度に参加する企業のメリットは、

・ある種の政府調達に応札することができる
・民間同士の協力でも(兵器の共同開発などで)必要とされることがある
・官民問わず特別な事情で、取引先にこれを求めることもある

 だと、英国政府関係者が教えてくれた。日本の当該制度も、これに沿ったものになると考えられる。


公務員・民間人の他にも


 ただこのような情報に触れるのは、公務員や今回の制度の対象になる民間人だけではない。「特定秘密保護法」の対象者の定義は、

 行政機関の職員、契約業者の従業者、都道府県警察の職員
*行政機関の長、大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、政務官等は対象外

 とされている(*2)。つまり政治家は対象外なのだ。諸外国ではどうかというと、

・米国 連邦政府又は契約業者の従業者で秘密を取り扱う者。大統領と副大統領は対象外
・英国 国、警察機関又は契約業者の従業者で秘密を取り扱う者。首相と大臣は対象外
・独国 連邦政府又は契約業者の従業者で秘密を取り扱う者及びその配偶者。大統領、首相、大臣、政務次官は対象外
・仏国 秘密を取り扱う者。大統領と首相は対象外

 である(*2)。行政府の長たる政治家は一様に対象外で、適性評価等を経ず、資格を得ていなくても秘密を扱える。これは適性評価によって、特定の政治勢力などが排除されてしまいかねないとの「民主主義の原理」が働いているからと考えられる。


政界への適用


 各国の制度と比較して日本の規定は、対象外となっている人物の範囲が広く、副大臣や政務官までが対象外。今回、民間人も含む秘密保持に関する制度の拡張を検討するにあたり、この点を考慮すべきではないか。しかし、国民民主党が「政務三役は新SC制度の対象とすべきではないか」と主張した(*3)以外は、この議論は衆議院で行われなかった。

 昨年末、ある政府関係者に意見を聞いたところ「政治家はSC制度の対象ではないが、情報を漏らせば罰則はある」との回答だった。しかし、義務付けるかどうかは別にして、秘密に触れる可能性のある政治家の適性評価は、あってもいいのではないか。また、国会議員の選挙に立候補する人物の(政党が推薦するための)身体検査が不十分だとする事例もあった。

 公認をめざす候補者は進んで適性評価を受けるという方法もあるのではなかろうか。 国会議員を目指す人に、適性評価の結果を公表してもらう必要はない。適性があると認定された場合、その事実だけを公表してもらえるなら、有権者としては「この候補者は秘密を守れる人物で、信頼できる上に政務三役などに直ぐ就任できる」と判断して、投票行動を決めることもできる。


「まず隗より始めよ」


 中国の故事に「まず隗より始めよ」という言葉がある。与党提出の「重要経済安保情報の保護・活用法案」については、他国並みに対象外とする人を、首相・大臣程度に留めるとともに、秘密に触れる立場に立つ可能性のある国会議員やその候補者については、自ら適性評価を受けることを求めたい。民間人を縛る前に、まず自らを律すべきではないのか。

以上



<注記>
*1:https://www.tokyo-np.co.jp/article/326082
*2:https://www.cas.go.jp/jp/tokuteihimitsu/ikenkekka/3_4.pdfのP2
*3:https://new-kokumin.jp/news/diet/20240319_2