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JCICコラム

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[コラム]医療機関のデジタル活用とサイバーセキュリティ
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JCIC代表理事 梶浦敏範
2020年4月28日

 新型コロナウイルスの感染症が日本でも広がりつつあり、全国に「緊急事態宣言」が拡大されるようになった。日本での致死率は諸外国ほど高くないというものの、院内感染への備えやベッド、人工呼吸器などの資源のやりくりなど医療機関の負荷は大きい。感染入院患者と通常の患者の動線をどう分けるか、医師・看護師のローテーションをどう組むか、病院経営の悩みは増える一方だ。このような事態を受け、医療分野のデジタル活用が進展し始めた。ただ同時にサイバーセキュリティ対策に十分な注意が払われているかは定かでない。

 デジタル活用として画期的だったのは、「遠隔初診」をこの時期だけと限定しながら解禁したことである。デジタル応用分野の拡大に取り組んでいた私は、1990年代半ばに医療分野のデジタル活用の議論に加わった。電子カルテや電子処方箋の検討に加えて、遠隔診療も魅力的なテーマだった。しかし1948年制定の医師法には、

第20条 無診療診療の禁止
 医師は自ら診療をしないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方箋を交付(中略)してはならない。

 と明記している。当時としては当然の規定だったろうが1990年代にはデジタル技術も進歩し、医療分野でも活用できるようになり始めていた。遠隔医療を実現しようとする私たちの前に、この条文が立ちふさがった。(当時の)厚生省や医師会にもアプローチするのだが、容易に糸口が見つからない。ようやく1997年に厚生省局長通知で、

 遠隔診療は、あくまで対面診療の補完であるが(中略)有用な情報を得られる場合、直ちに医師法第20条に抵触しない。

 と示してもらい一応の解禁となった。ただあくまで「補完」なので「離島・へき地など対面の難しい場合」が例示されているだけだし、初診は絶対に許さないとも言われた。なぜ初診はだめなのか、医師によると「最初に全体的な症状を見る必要がある。顔色は遠隔で見られても、息の匂いや皮膚の触感はわからない」とのことだった。その後、小泉内閣以降「規制改革会議」でデジタル技術活用が盛んに議論され、2017年の閣議決定で、

 対面診療・遠隔診療の適切な組み合わせで効果的なものは、次期診療報酬改定で評価する。

 との方針が出て、厚労省は情報通信機器を用いたルール整備を始めた。ただ「安全性・有効性・必要性のない遠隔診療は、それへの信頼を損なう」とも言い、「遠隔初診」が認められるには至らなかった。

 新型コロナウイルスの感染が疑われる患者を最初に遠隔で診るのは、医師等への感染を防ぐ意味で解禁かと思ったのだが、このたびは一般の患者でも遠隔初診が認められた。医療機関に負担がかかっている現状では、賢明な措置と言えるだろう。

 1990年代からデジタル技術者は、(当時の)厚生省や医師会に技術の高度化を示し続けたのだが、結局は需給の関係で技術の採否は決まる。技術の高度化だけでは十分でなく、医療のリソースを上回る需要があってデジタル等使って医療機関が合理化することを迫られなければ容認されなかったということだ。

 似た例としてはCTスキャン画像などの「読影」の話がある。CTスキャナが普及してきたのだが、その画像を診断できる「読影」技術を持った医師は多くなかった。そんな医師を各病院が雇用したり、都度出張したりしてもらうのは非効率だ。そこでCTスキャン画像を電送して「遠隔読影」をすることは、比較的早く認められた。このケースも、需給の関係が技術活用に至った原因といえるだろう。

 新型コロナウイルス感染対策で我々のオフィスでもビデオ会議が普通になってきたが、医療機関でもその傾向はあると思う。初診を含む遠隔診療やビデオ会議は、成功体験を得た医療従事者が非常時を過ぎても使いたがる。これによって「Beyond 新型コロナ時代」には、医療機関でのデジタル活用が格段に進むことを期待したい。

 ただ、ひとつ気になることがある。医療機関などで急造のデジタルシステムが立ち上がっているはずで、それらには「早く動くこと」が求められている。予算もなければ、機器やソフトウェアを選んでいる余裕もない現場が多いはずだ。十分なサイバーリスク検討が出来ようはずもない。

懸念するのは、感染対策に不眠不休であたり「医療崩壊」の言葉も聞かれる現場に、何か不測の事態がおきること。日本中で一番大きな負荷がかかっている医療機関は、市民生活安定の要だ。そんな医療機関にサイバー攻撃などがあったら、混乱は一層大きくなるだろう。例えばPCR検査機関から関連機関に送られる報告。これが電子メールの添付Fileで送られていたら、そのFileをすり替えることで陰性・陽性の判断を狂わせられてしまう。

政府は不足している人工呼吸器の生産について、専業メーカーを支援するよう産業界に呼び掛けた。同じように医療現場のデジタル活用についても、産業界特にサイバーセキュリティに実績ある企業への協力を呼びかけるべきではなかろうか。