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日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会政策提言
「アフターコロナの時代における真のデジタル社会実現のために 」

  • 提言1 :すべての市民がオンラインにアクセスできる環境を整備せよ

    提言2 :デジタル社会における本人認証スキームを確立せよ

    提言3 :デジタル社会システム全体の運用管理に十分な人員・予算を配分せよ

    提言4 :すべての市民が利用者教育を受ける権利を保証せよ

    提言5 :「えせデジタル社会」の罠に陥るな


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日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会政策提言
「アフターコロナの時代における真のデジタル社会実現のために」

2020年8月

【はじめに】
 新型コロナウイルス感染の拡大が続き、世界にとって大きな脅威となっている。反面、デジタル技術の活用は長足の進歩を遂げた。多くの企業でテレワークが推奨され、ビデオ会議が活用された。オフィスに行くことが仕事だと思っていた企業人の意識に変革があったことは確かだ。さらに、長年論争の的だった遠隔診療が普及しはじめ、時限的措置とはいえ遠隔初診も認められた。
 これらの事例は、アフターコロナ時代には多くの分野でオンラインでの活動が定着し、「Society5.0」の実現に一歩近づくことを予見させる。しかし、これまでリアル社会で練り上げられてきた社会システムはある程度完成されており、既存のプロセスを我々は当然のものと受け止めている。テレワークの普及を例にとると、興味深い現象として、

・テレワーク用PCにタイムカードアプリを入れ、朝礼、夕礼をする
・毎週決まった時間の部内会議を、そのままビデオ会議で実施する
・報告書の回覧ルート(係長⇒課長⇒次長)は変更なし、職印の画像を用意した

 などの事象が起きている。リアル社会のプロセスがそのまま残っているのが見て取れるだろう。リアル社会からデジタル社会への変化は小手先のものであってはならず、パラダイムの転換と捉えるべきだ。このことを我々は十分に認識する必要がある。冒頭に挙げたテレワークの例は、デジタル社会になりきれず、いわば「えせデジタル社会」の段階に留まっている。
 DX(Digital Transformation)を目指す中で陥りやすい罠は、今の時点でのリアル社会のプロセスを個別にデジタル化しようとすることだ。個々のプロセスの方が考えやすいのだが、真のDXのためには全体プロセスそのものを見直すべきだ。本当にやりたいこと、目的とすることは何なのかに立ち返って考え直すことが求められる。既存のプロセスを置き換えるのではなく、手順全体を見直して、不要なものを廃止したり、既存のプロセスを新しいプロセスで統合したりする必要がある。
 今回のコロナ禍を契機とし、我が国が真のデジタル社会に移行するための土台づくりを目的として、日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会は下記の提言を行う。
(*なお本稿では、「DX」はデジタル化のための手段のひとつと位置づけている。また「オンライン化」とはインターネットに接続することを指す)

【アフターコロナの時代における真のデジタル社会実現に向けた5つの政策提言】

提言1:すべての市民がオンラインにアクセスできる環境を整備せよ
 日本政府は今世紀初頭からブロードバンド加入数などを目標に掲げ、インターネットインフラの普及に努めてきた。今後はインフラ普及をさらに進め、企業・組織や世帯の単位でなくすべての市民が基本的人権としてオンラインにアクセスできる実環境を整える必要がある。
 デジタル社会のIPアドレスは、リアル社会の住所のようなものである。その住所(IPアドレス)を持てない市民はどうするのかという問題への解として、地域コミュニティでアクセスを経済的にも技術的にも支援/代行する仕組みを構築するべきだ。そのためには政府・公的機関だけでなく、民間企業やNPO、市民団体の力も借り、重層的な支援体制を整える必要があろう。

提言2:デジタル社会における本人認証スキームを確立せよ
 現在の日本社会においては、この申請には住民票、この取引には銀行口座のキャッシュカードと印鑑、これには保険証・・・とシーン毎に本人認証のツールが異なる。これをそのままデジタル社会でのツールにするのではなく、2~3種類の本人認証スキームを定め、これを全国の機関で利用できるようにするべきである。候補としてはマイナンバーカードと生体認証が挙げられるだろう。

提言3:デジタル社会システム全体の運用管理に十分な人員・予算を配分せよ
 前出の2提言を支える通信システムや本人認証システムのほか、行政サービスや金融サービスなど社会インフラというべきものを運用する主体者には、その安定運用を維持する責任がある。その責任を果たすために、行政はじめその主体者には、不測の事態に対処することも含めて十分な人員と予算の確保が求められる。

提言4:すべての市民が利用者教育を受ける権利を保証せよ
 社会システムの構成要素となるスマートフォンなどの個人デバイスを最新の状態に保つことや、本人認証のキーであるカード/生体認証情報の厳重管理など、利用者として守らなくてはならないルールもある。人びとがそのルールを理解し、正しい行動がとれるようにすることも、行政やメディアなど関係機関の責務である。繰り返し「利用者教育」を行い、すべての市民がそれを享受できるようなスキームが求められる。

提言5:デジタル社会推進にあたり「えせデジタル社会」の罠に陥るな
 慣れ親しんだリアル社会のシステムの刷新は、ともするとシステム全体のパラダイム転換ではなく個々のプロセスのデジタル移行に終始する。しかしながら、各プロセスをデジタル化して積み上げる方式では、本来得られる大きな成果は望めない。システムの設計にあたっては、システムの目的を明確にしたうえで全体プロセスを見直し、運用までを包含する大きな構想を持つべきである。なお、その際はさまざまなステークホルダーが参加する、国民的な議論が行われることが望ましい。

【諸分野におけるオンライン化のメリットや留意点】
 以下、いくつかの分野について、オンライン化のメリット、本人認証スキームの効果や当該分野のDXにおいて留意するべきことを述べる。ただし、どの分野においても100%デジタル・オンラインで決着するものではなく、リアル社会でのプロセスとの併用になる。そのため、プロセスそのものを再考し、かつ、デジタルプロセスとリアルプロセスをどう切り分けるべきかについても提案する。

(1) 医療分野
 冒頭例に挙げた「遠隔診療」は、現時点では時限的な措置であるが、恒久化するべきだとの議論が始まっていることを歓迎する。ここでは、内科診療を例にプロセスを洗い直してみよう。内科診療の主目的は、

・患者の状況を推定すること
・診療により疾病原因を究明し、処置をすること
・患者に向後の注意を説明すること
・服用薬などを処方すること
・これらの記録を残し、必要とされる機関に連絡すること

 などであろう。オンライン化で効果が上がると思われるケースは、

・慢性疾患の場合、経過観察の診療について頻度を適正化できる
・服用薬受領のための来院の必要がなくなる
・他の診療機関や保険会社などへの連絡文書を患者が持ち歩く必要がなくなる

 などが考えられる。患者の特定(本人認証)ができれば、事務的な手続きの合理化だけでなく過去の症状なども参考にした診断も容易になる。遠隔初診についても、診断が容易な疾患の対処やどの専門医を受診するべきかの判断に資すると考えられる。

(2)司法分野
 すでに民事事件については、ビデオ会議で原告・被告双方の代理人が折衝することは行われているという。ここでは刑事事件について考えてみたい。比較的軽微な交通違反などの事案については、状況から罰則などを決めることができ、大きな争点がないならオンライン化のハードルは高くない。裁判員裁判になる可能性のある重大事案でも、裁判が目的とすることは、

・事件の実態をつまびらかにすること
・被告人の関与の真偽を定めること
・(有罪の場合は)法に照らした正しい量刑を定めること
・この審判の経緯を記録すること

 ことだと考えられる。上記4つの目的が達成できるならば、司法のプロフェッショナルだけでオンラインで結論をだすことも想定されうる。例えば、

・裁判官、検察官、弁護人、被告人だけで予審をオンラインで行う
・被告人が罪状を認めるなど争点が少ない場合は、被告人は略式裁判を選ぶことができる
・略式裁判は、裁判官、検察官、弁護人、被告人が出席し短期で結審する
・略式裁判も基本はオンライン、量刑は裁判員裁判に比べて減刑される

 とし、被告人が有罪/無罪を争うケースなどは、これまで通りの裁判員裁判をリアル法廷で行う。このように裁判プロセスそのものを見直して、オンライン裁判を導入することが望ましい。

(3) 教育分野
 オンライン講座・学習を基本授業形態とする大学は10年以上前から存在している。ここでは初等中等教育、代表して小学校教育のオンライン化を考えてみよう。小学校が児童に対して果たすべき役割は多様で、その目的も多岐にわたるが、以下の4つはその主たるものと言えよう。

・学力を高めること
・情操教育をすること
・健康維持、増進を図ること
・(家庭環境によっては)保護すること

 この中で、学力向上に関してはデジタルコンテンツの整備が進み、教員がその活用に慣れれば、オンライン化は可能だ。標準的なコンテンツ(副読本としての教科書を含む)が整備されれば、コンテンツは再利用/再々利用が可能であり、教員の負荷は幾分か低減される。また、児童の側も講義を選ぶ自由度が高まることも考えられる。例えば、2年生相当の年齢だが算数が得意な児童は、3年・4年生の講義を受けることもできる。優秀な児童は、「飛び級」が可能にもなろう。学力向上に関しては、4月入学3月卒業に縛られる必要もなくなる。
 小学校は「学ぶところ」というよりは「触れ合うところ」になるだろうし、教員の仕事は児童の成長をガイドする地域コーディネーターのようなものになることも想定されうる。

(4) 公民権行使分野
 ここではまず、オンライン選挙/投票を取り上げる。諸外国ではさまざまな実施例もある。選挙でやるべきこと、実現するべき目的は、

・対象となるポストと選挙の時期、条件などを有権者に周知すること
・候補者の情報(経歴・政見・主張のポイント等)を有権者に周知すること
・有権者の意思を(投票という形で)集計し、結果を公表すること

 に集約されると考えられる。したがって、ポスターを貼る、街頭宣伝車で選挙区を巡回する、立ち合い演説会を行う、投票所入場券を郵送する、投票所に立会人や投票函・投票用紙を用意するなどの対応がすべて不要となる。開票結果が出るまでの時間も短縮できるし、開票で間違いが起きる可能性も低くなる。今定めている告示期間も、より短くできるだろう。
 この分野での問題は、ほぼ「候補者情報の正しい周知」に尽きると考えられる。資金力に優れた政治団体がより多くの情報を流し、選挙戦を有利に進めるとの危惧もあれば、フェイクニュースによって候補者が不当に貶められないかとの不安もある。これにはメディアの健全性と視聴者のリテラシーが必要であり、「利用者教育」が必要とされる理由でもある。

(5) タウンマネジメント分野
 現在でも主要道路や都市部では、相当量のカメラやセンサーが道路周辺に配置されている。にもかかわらず、行政が手作業による流量測定を行っており、これは労働力の著しい浪費と思われる。街の資源(道路・橋梁・各種建造物等)を管理する目的は、通常時には、

・資源が機能を果たせる状態にあるかを検知すること
・資源がどの程度利用されているかを計測すること
・補修等の措置が必要であるかを判断し、必要なら措置すること

 であるが、災害など緊急事態になると、

・避難の必要性を判断し、避難路を設定すること
・利用してはいけない資源の事を含め、これを周知すること

 などの目的も加わる。災害時も含め、行政や民間に存在するデジタルデータを統合することで、上記の目的は達成可能である。道路脇だけではなく自動車にも車載カメラはあるし、Connected Carが普及すればリアルタイムに資源の状況(路面の映像やタイヤに伝わる振動)も検知できる。広域災害のような事態に至らなくても、市民にとって身近な防犯についてもこのスキームは活用できよう。

【諸分野における本提言の有用性について】
 以上、具体的な分野でのメリット等を例示してきたが、このために提言1~5を実行することがなぜ必要なのか、最後に説明を補足する。提言1「オンラインアクセス権」については、デジタル社会構築のための必須条件であることは論を待たない。
 提言2の「本人認証スキーム」については、デジタル社会における「ヒト」の問題がある。リアル社会を形成する対象は、俗に「ヒト・モノ・カネ」という。これをデジタル社会で再構築することを考えたとき、「カネ」についてはすでにキャッシュレス決済が普及し、特にBtoB決済においてはその大半が、BtoC決済についても金額ベースでは大半がキャッシュレスで、つまりデジタル空間で行われている。次に「モノ」をみると、複数の主体が同じモノの別々のID体系をつけているなど不十分な面はあるが、大半のモノにはデジタル社会に投影された姿がある。残る問題は「ヒト」である。例えば医療の分野では、医師としては患者が本当に「その人」なのかを知る必要があるし、患者にしても診断し処方してくれる人が本当に医師なのか、かかりつけ医なのかを確認しなくてはいけない。そこでは本人認証のスキームが必須となる。これは司法、教育、公民権行使分野でも同様である。
 提言3の「運用管理のための人員・予算」は、デジタル社会の土台を支えるシステムはもはや社会インフラそのものであるという観点からの提言である。近代社会に電力などのエネルギー供給が社会インフラとして欠くことができないように、デジタル社会においてはネットワークやサーバ、それらにつながる機器はすべて社会インフラである。送電網が一カ所の断線で機能を失わないように複数のルートを持っていて、故障時にはすぐ切り替えられるのと同様に、例示した分野の業務を支えるITシステムはさまざまなリスクに対応できる強靱さ、レジリエンシーを持っていなくてはいけない。自然災害、事故や故障、サイバー攻撃などのリスクに対処するためには、システムを多重系にしたり、リスクを予防し即応できる人的体制を整備したりするべきだ。診療中、もしくは手術中にシステムが停止するようなことは絶対に避けなくてはいけない。
 提言4「利用者教育」については、システムそのものは強靭性があったとしても、その使い手(利用者)の側に問題があって被害が生じることがある。銀行のATMのシステムは強固にできているが、「オレオレ詐欺」で騙された被害者が犯罪者にATMから送金してしまうこともある。この手の犯罪は物々交換経済の時代からあり、決してなくなることはない。これに対処するためには、デジタル社会の一員たるすべての市民が脅威を認識する必要がある。システムの強靭性が不十分だったり利用者の認識の不足があったりしてデジタル社会で被害が生じ、それをことさらに強調されると、世論はリアル社会へ戻ろうとするだろう。これを防ぐためにも、利用者の認識不足による被害は極小化しなくてはならない。したがって、提言4に言う「利用者教育」をすべての市民に対して徹底する必要があるし、逆に市民側からすれば、被害から免れるために利用者教育を受ける権利がある。
 提言5「えせデジタル社会の罠に陥らない」は、冒頭で述べたような、テレワークで朝礼を行ったり、テレワーク用のタイムカードアプリを導入したりするような小手先の変革を戒めるものである。小手先のデジタル化で満足して「えせデジタル社会」を構築してしまえば、パラダイム転換の貴重な機会を失うだけでなく、デジタル社会とはこのようなものだという間違った認識を市民の間に広めることになってしまう。これでは社会全体がより長期の停滞に陥ってしまうことになりかねない。
 以上、「アフターコロナ時代」のデジタル社会推進に関する5つの提言とその背景、有用性を説明した。もう一つ付け加えるなら、デジタル社会推進によって社会コストが下がる効果が得られるのだが、それは本来、次のデジタル化推進の原資とするべきである。これによって社会革新のスパイラルをより大きく回していくことができるはずだ。
 先ごろ閣議決定された「骨太の方針2020」では、「『新たな日常』構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備 (デジタルニューディール)」が掲げられている。今回の5提言はまさにこの「デジタルニューディール」推進の基盤となる事項である。「単なる新技術の導入ではなく、制度や政策、組織の在り方等をそれに合わせて変革していく、言わば社会全体のDXが『新たな日常』の原動力となる」と本文中にも書かれているが、その大前提でもある。
 真のデジタル化は人々のQOLを向上させ、より良い社会を実現させるためのものである。単に経済規模を大きくするというだけではなく、格差を縮小するなど公益を追求するものであるべきだ。真のデジタル化によって、日本がいち早くこの「国難」から立ち直り、より強靭な社会を構築することを切に願う。

以上