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JCICコラム

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[コラム]5Gのサイバーリスク
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JCIC代表理事 梶浦敏範
2020年4月30日

 次世代通信技術(5G)を巡る米中対立が激しさを増している。米国政府は、台湾の大手半導体メーカーからの中国企業へのチップ販売を阻止しようとさえしている。5Gは4Gに比べて、高速大容量・大量のデバイスを同時接続・極めて小さな遅延という優れた特徴がある。ただ現時点では「5Gならではのアプリケーションやコンテンツ」は見つかっていない。

 我々が4G携帯で楽しんでいる高画質動画やオンラインゲームは、3G携帯では通信速度が遅くて使えない。しかし音声通話や文字だけの電子メールなら、3Gで十分だ。だから4Gでは使えないアプリケーション・コンテンツの登場までは、5Gの本当の時代はやってこない。企業の立場からすると、5Gならではのアプリ等が見えないうちに製品開発・量産・設備投資や保守運用体制を整備することはできない。国家統制が厳しくない自由主義経済下では、通信キャリアも機器ベンダーも一部地域での実験や試作のレベルから大きく踏み出すことは難しい。

 しかし中国企業は政府の支援を得て、技術開発から機器の量産体制までを整備した。その結果日米欧の企業に比べて圧倒的な技術力と製品競合力を持つことになった。この事態を日米欧政府、とくに米国政府が憂慮している。古来「情報を制するもの世界を制す」という。ソ連崩壊後唯一の覇権国家になった米国は、アナログ時代の「エシュロン」、デジタル時代には「プリズム」という地球規模の通信傍受システムを利用している。この実態は「スノーデン事件」(2013年)で暴露された。

 世界中の5Gネットワークが中国製の製品で構成されるようになると、機器に残された世界中の通信記録を中国企業が把握できるようになる。中国には「国家情報法」という法律があり、中国企業が得た情報は国家が徴求できる。これはまさに5G時代の中国版「プリズム」である。日米欧の企業が営業秘密や技術情報を知られて市場競争力を失ったり、政府要人が弱みを知られて国家を裏切ったり、軍事作戦が敵側に筒抜けになったりするリスクが発生する。

 そこで米国政府は自国での5G中国製品の使用を禁止、同盟国にもそれを求めた。しかし今5Gインフラを構築するのに中国製品の排除は難しいとする英国は、重要インフラ等以外には中国製品を容認する姿勢だ。確かに「完全排除」は実質的に難しい。ではどうすればいいのか?例えば笹川平和財団米国は、

・海外からの機器購入に対しリスクを高めないレビュー体制を作る。
・違法行為を行う5G機器提供者への罰則を強化する。
・自由市場原則に従った、安全な代替5Gセクターを構築する。
・私企業で及ばない基礎研究に、国家が投資する。

 ことを提言している。

 中国製品も使いながら情報を守る手段はないのか?というのが今検討されていること。4Gネットワークにも、Virtual Private Network(VPN)という仕組みがある。通信路を仮想的に専用線化する技術で、暗号を掛けるなどして通信内容を容易に盗み見られないようにするものだ。5Gでもこのような考え方で情報を守れないかと思い、国内外の動向を調べていた。するとMicrosoftが仮想化されたモバイルネットワークの分野で先導的な企業「Affirmed Networks」を買収したという記事を見つけた。Microsoftは同社と協力して通信事業者に対し、

・安全で信頼できるクラウドプラットフォームを構築
・クラウド上でのネットワーク管理が容易に

 できるソリューションを提供して「Global 5G Eco System」を実現すると言っている。クラウド技術は、サーバーやストレージを仮想化し物理的な機器を意識しないようにさせるものだが、その考え方でネットワークまで仮想化しようということである。

 米国では「Secure 5G and Beyond Act」が成立し、大統領に米国内外で安全な無線通信技術を採用するための戦略を策定・実施することを求めている。その「戦略」の第一弾も、法の成立とともに発表された。内容としては、5Gは便益性の高いものだから米国民が使えるようにするが、リスクを評価し「コアセキュリティ原則」を定める。米国内にとどまらず世界中の5Gの開発や普及動向から、米国の安全保障や経済に影響を及ぼすことがあるかを注視する。米国を利する開発や普及を図る企業等を支援するというもの。

 この実行にあたっては、米国だけでは十分ではないので「最も近いパートナー、同盟国とも手を組む」と言う。もちろんこの発表内容では十分ではなく、より詳細なものを詰めているとも付記されている。その方向性を予測すると、より多様で安全なベンダーを奨励することになろうが、かなり中国企業に水をあけられていることから、ベンダー発掘や支援には思い切った手段が必要だろう。多くの企業の協力も不可欠で、それにはOpen Interfaceが必須だ。そしてMicrosoftが主張するように、仮想化技術を活用することも間違いないように思う。

 米国始め自由主義陣営が出遅れてしまった5G分野、巻き返しを図る戦略がこれだが、今はどんな企業が戦略に関わっていくかその成否はどうかなどを、期待を持って見守っていきたい。